絶望に苛まれて

表題の通り、
今現在の私の心情は絶望そのものである。
絶望2倍と言っても過言ではないくらいに。

 
それは本日、つい先ほどの事、
職場からの帰路の途中、
スーパーマーケットを見かけたものだから、

 

「今日はふりかけご飯にしようかな」

 

といった軽い主婦気分で店に入り、ふりかけを物色。
かつお味のふりかけを手に取りキャッシュレジスターへ向かう。
颯爽と。やや颯爽と。

 
しかしながら、
スーパーマーケットのキャッシュレジスターはどういう訳か、
決まって混雑しているものである。

 
台数に余裕はあるのに人員に余裕がないのか、
はたまた混雑させるのも狙っての事なのか、
6台あるキャッシュレジスターの内、半数は稼働していない状態。

 
当然、各キャッシュレジスターには4~5人の列が出来ており、
私もそこに並び、順番を待つしか無い訳で、、、
そしてこれはルールであり、不動の物であるべきなのだ。
やや時間が流れ、私の後ろにも数人の客が並び、私の目の前の客は1人となる。
つまり、次は私の番である。高揚感はまるでジェットコースターのよう。

 
だがしかし、私の目の前の客の買い物の量がとんでもない量で、
おまけに商品の値段について若干店員とモメていて、らちがあかないという現象が起きていた。

 

普段神様など信じない私であるが、

「何故、神は私をこんなにも待たせるのだ」

という、訳のわからない疑念も浮かんで来て、
やや、心が暗黒面へ傾きかけたその時____、

 

 

『お先のお客様、どうぞ』  と。

 

 

それは今まで稼働していなかったキャッシュレジスターに急遽入った店員の一声であった。

 

 

『お先のお客様、どうぞ』

 
なんという甘美な響きだろう。
何しろ『お先のお客様』は私なのである。
その私が呼ばれている。これを幸せと呼ばず何と表現しようか。

 
繰り返し言わせて頂く。
『お先のお客様』は私なのである。
つまりこの場面では私が『どうぞ』である。

 
しかし現実は違った。
ひどく違った。
こともあろうか、私の直後に並んでいたスーツ姿の青年男性がいち早く『どうぞ』したのだ。

 
考えられない。

 
何故そのような事が出来るのか、
この青年男性は薬中なのか、
それとも『お先』の意味がわからないのか。

 
私がそのような事を考えていると更に、

 
今まで並びもしていなかった、
つい直前まで買い物をしていたであろう、
パンチパーマの女性がその青年男性の後ろに並んだ。
(正確にはやや伸びて、成長しきれていないブロッコリーのようなヘアースタイルである)

 
一体なんなのか。
これは。

 
このような輩がのうのうと生きてゆき、
またそれが通用してしまうのである。

 

このままでは人類は世代を重ねる度に
どんどん愚かになってしまうのではないか。
種の繁栄を目的とするのが人間の正であるならば、
この2人は今この場で殺しておくべきではないのか。

 
と、そのような事を考えているうちにも時間は経過するもので、
ついにその2人は会計を終えてスーパーマーケットを出て行った。

 
私はその時、まだ並んだ状態である。
(本当に長かった)

 
そのような事もあり、暗い気持ちのままアパートへ着き、
炊飯器に米を1合入れ、米が炊けるのを待ちつつ、ふと購入したふりかけを見る。

 
先も書いたが、かつお味のふりかけを手に取り、会計をしたつもりであった。
だが今私の目の前にあるふりかけは「のりたま」である。

 
理解が出来ない。
踏んだり蹴ったりである。
絶望3倍と言っても過言ではない。

 

 

 

ドクソが。

 

 

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